私は小学校の頃から何かと口実をつくっては岬くんの家に上がりこんでいた。 岬くんもそのお父さんも変なところに無頓着なのか、CDを持ってきたり、漫画を貸したり、私をただの親切な同級生だと思っているようなのだ。 今日も漫画を貸すという理由をつけて岬家の呼び鈴を鳴らすと、間も無くお父さんの方が出て来た。 私を見てすぐに奥にいる岬くんに声をかけてくれる。 机から立ち上がり、岬くんがこちらを向く。 私も靴を脱ぎながら岬くんの方を見る。 (えっ) 彼の顔を二度見してしまい、畳に上がる際に「お邪魔します」と言うのを忘れてしまった。ついでに漫画の入った手提げも落とした。 (岬くん、メメ、メガネかけてる・・・!!) 「?」 「どうしたの?座りなよ。」 驚いて棒立ちになった私に、いつもと変わらない表情でそう問う。 岬くんのお父さんはちょっとだけ心配そうな顔でこちらを見ていたので、オクレバセナガラも、小さい声で「お邪魔します」と言った。ニコリとして「どうぞ」返すと、私が座ったのを確認して麦茶を用意してくれた。 「あ、あの、いや・・岬くん眼鏡かけてるなあって・・へへへ」 「ああ、これ?いつもはコンタクトだよ。」 「ええっ!」 本日二度目の驚き。私が岬くんの全てを知っている訳ではないと、分かってはいたが。こんな些細なことでも、こうしてそれまでと変わった面を知る瞬間、少なからずショックを受ける。ちなみに言っておくが私たちは付き合っていない。私が一方的に彼に恋い焦がれているだけ。片思いだからこそ、どんな小さな事でも知っておきたいのだ。 「えっ、小学校の頃は裸眼だったよね?」 「うん。フランスに行ってから、悪くなっちゃったみたい。」 「フランスで勉強ばっかしてたの?」 「そりゃ勉強するよ、さんみたくテスト前に慌てたくないしね」 すごい。さすが岬くんだ。しかも、私がいつも慌てて勉強していることまでお見通し。テスト前を一緒に過ごしたこと、まだ一度もないのに。このくらいの洞察力が私にも備わっていればなあ。 通算三度目の驚きに目を白黒させる私に岬くんは優しく笑った。 「ふふ。でも。勉強で目が悪くなったんじゃないよ。」 「じゃあなんで?」 「聞きたい?面白い話。」 私の目を見て口角を上げる。私は彼のこの顔が好きだ。得た知識を惜しげも無く私に教えてくれる時の顔。嬉しくなって頷き、拳ひとつ分岬くんに近づいた。 「日本人は錐体細胞が発達しててね」 「衰退?」 「光の明るいところでのはたらく、目の細胞の名前。色の判断に関わる細胞だよ。」 「へえ!」 「だから僕たちは明るいところで色の識別に長けているんだって。」 「そうなの?」 「で、フランスとか、ヨーロッパの人は桿体細胞がよく機能していて。 あ、桿体細胞っていうのは光の明暗に反応する細胞なんだけど。」 「分かった!向こうの電気は暗いんでしょう?」 「そう!薄暗いところでも生活できるから照明が暗いんだ。 その中で本を読んだりしたら目が悪くなってしまったみたい。」 「僕の瞳、真っ黒でしょ?」 勉強への熱心さに感心していると、岬くんが突然近づいて来た。目を開いて、ぐいっと顔をよせた。メガネのフレームが私にぶつかりそうになるくらい。 うわ、綺麗。茶色く透き通った瞳。 (真っ黒じゃないじゃん) 「ほ ほんとだねーあはは・・・」 その距離の近さに心臓が跳ねる。思わず先に近づいた分だけ、後ずさる。咄嗟に横目でお父さんを見ると、こちらにお構い無しでお米を研いでいた。鼓動が早まり、いつもであれば確実に突っ込みを入れていたところ、平常心を装う事でいっぱいいっぱいだった。 そして岬くんはドキドキしてる私の心に気づいていないのか、気にも留めない様子で続けた。 「向こうの人たちは目の色が明るいじゃない?それも関係してるのかな?」 「な、なるほど ……でも岬くん、学校でメガネかけないよね」 「かけた事、あったよ一度。」 私の単純なギモンに、岬くんは何かを思い出したのか、ばつの悪そうな顔をした。 「?」 「なんだかその時クラスの人がうるさくて。 」 苦笑した岬くんを見て私は確信した。 彼の洞察力は色恋沙汰に対しては発揮されないらしいという事。 (絶対、かっこよかったからじゃん!!)
20180501
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