先輩の所属している部活とサッカー部は部室が隣で、その部活の奴らとは学校がない長期休みの期間でも頻繁に顔を合わせていた。中でも先輩は入学したての頃から俺によく構った。俺をからかって楽しんでいたのだ。まあ正直悪い気はしなかった。俺もそれで楽しかったから。

そんな日々も、先輩たちが県大会予選で敗退した途端に、終わりを告げた。部活は下級生に引き継がれ、夏が来て秋は過ぎた。

冬になると、自主練終わりの俺と受験にむけた自主勉終わりの先輩が下校途中に鉢合わせして。それでいて河川敷を抜けるまでの帰り道が一緒で。春までの数週間、なんとなく一緒に帰ることが頻繁にあった。







「新田じゃん、やっほー」


振り返るとそのこには先輩の姿があった。どうやら黒板に卒業アートを施していてこんな時間の下校になってしまったそうだ。

部活動は総じて休みで一斉下校の指示があったが、俺は書き溜めてたサッカー部3年への色紙を済ませる必要があり、正門を出るのが図らずも夕方になってしまった。

そしてこの日も、大友中卒業式前日のこの日もやっぱり一緒に帰ることになった。



どちらが誘ったわけでもなく、自然と同じ足取りで河川敷への道を進む。




「ねえ見て新田、夕日綺麗!」


河川敷を三分の一進んだ頃であろうか、そこで先輩はおもむろに自転車を停め土手を降りて行った。そして傾斜の中ほどに腰をすとんと落とした。
しゃがんで数秒後、こちらをを振り返り、促すようにこう問う。


「座らないの?」


俺は先輩の質問の意図が分からず、ケツが汚れるのも嫌だったしで立ったまま答えた。


「別にここでいいっすよ。」


先輩は知らないかもしれない。俺の学年ではこの河川敷の小道がカップル専用通路と言われている。そのため女子と座って話しているところを同級生に見られでもしたらクラス中に冷やかされる。
卒業式前日の夕方にここを通る人間はいないのだが、それでも何となく隣に座るのは躊躇してしまう。


俺の返答が癪に障ったのか先輩は急に乱暴な仕草で立ち上がって、足元の小石を拾い一気に投げた。川の向こう岸に届けるような勢いで叫びながら。


「ばーーーーか!」


が、投球フォームがヘナチョコな先輩の腕から放たれた小石は、ほんの足先の草原に虚しく転がった。
それに余計に腹を立てたのか。すぐさま別の小石を拾い上げ、2個、3個と続けて力一杯に投げる。


「新田のバカーー!」
「帽子ださーーい!」
「彼女もいないーー!」
「童貞のくせに調子こいてんじゃねーーー!」


いつも通り一緒に帰っていたと思えばなんだこの展開は。今日の先輩は気性が荒い。俺の行動全てが気に障っているようだ。悪態突いた先輩の暴言に流石の俺もイラつき、草をむしり取り背中に向かって投げるふりをした。


「そういうセンパイだって彼氏いたことねーだろっ」


そしたら草の中に砂利が混じっていたのか、小さな石つぶが先輩の頭にぶつかった。


「やべ」


とはいえ直径4ミリ程度の砂利だ、大したことはないだろう
そう考えたのとほぼ同時に先輩は態とらしく天を仰いで倒れこんだ。


「いったーーーーい!!」


倒れこむというより、むしろ寝転ぶという表現が正しいであろう。
大の字になり、文字どおり寝転んだ。


「ヒドイー!もう頭バカんなったー!新田くらい頭悪くなったー!」


腕を組んで顔を覆い、叫び続ける。オマケに足もバタつかせる。
今日が卒業式前日で本当に良かったなと思う。こんな姿他の生徒に見られたら一緒にいる俺が恥ずかしい。隣で座っているのを見られて冷やかされるよりずっと恥ずかしい。
寝転んで顔を隠したまま暴れる先輩に既視感を覚え思わず吹き出してしまう。まるでモノマネ芸人みたいだ。


「恥ずかしいっすよ、先輩。」
「ばか新田に言われたくない。
 てか、新田はそんな頭で南葛来れるの」
「別に俺はサッカーできればどこでもいいっす。」
「南葛来るって言いなさいよ!」
「はあ・・・」


本当に何を怒ってるんだろうこの人は。暴言こそぶつけて来ないものの、先に増して言葉尻が荒い。


「・・・新田はさあ、、わたしと同じ学校じゃなくてもいいの」
「はあ・・?」


ふと先輩が急に弱々しい声色でそう尋ねたもんだから、思わず口からまぬけな声が出た。
そんな言い方、まるで俺と一緒にいたいみたいじゃないか。俺のこと好きみたいに捉えられようもあるぞ、と心の中で苦笑する。


「なに、俺のこと好きなんすかぁ?」


からかうように明るい調子で、呟いた後でハッとする。あーあ。俺の悪いクセ。また先輩の苛立ちを増長させてしまう。今のはなかった事にしよう。


「・・・。」
「(えっ)」


慌てて歩み寄り様子を伺うと、先輩は口を一文字に締め、明らかに先の言葉を受け固まっている様子だった。
黙り込みを決めた口元が、ふと緩み、グス、と鼻をすする音が聞こえる。表情を読んだ途端、心臓が大きく揺れた。


(マジかよ)





「センパイ。」


一度呼んで見たが反応は、無い。おそるおそる隣に座り、(ちょっと気まずくて1メートルくらいは間を取った。)先輩の方を眺める。もう一度先輩を呼ぶと腕の隙間からカチリと視線が合う。潤んだ目でこちらを睨んでいた。


「でももう会えないでしょ」


俺の言葉あっての答えなのか。「でも」がどこに続く言葉なのか分からないのは、俺がバカだからなのか俺が男だからなのか。


「じゃー連絡とるっスから」


俺自身も何に対して「じゃー」なのか解ってはいないが、そう答えた。


「わたしのことどー思ってんのよ」


全く会話は噛み合ってなかった。お互いが必死で、その場で自分の思う言葉を発していたのだ。


「・・・あー・・・じゃー付き合うってことで」
「は・・・?」


咄嗟に浮かんだ俺の言葉に、今度は先輩がまぬけな声で返した。
これを理解するのに数秒要したのか、沈黙が続き、そしてやっと飲み込むと勢いよく起き上がった。


「新田ってわたしのこと好きだったの?」


少し意味が違うが、大きく見開いた目に圧を感じざるを得ず、俺は被っていた学帽を先輩の顔に押し付けた。まあこの際そう捉えられていいと思った。


「それ持っててくれればいいスから」
「携帯買ったらアドレス教えてくれればいいすから」
「それまで電話で連絡とりましょーよ」
「明日卒業式なんだから、今日は帰りましょ」



胸の高鳴りを抑えようと、とりあえず思いついた言葉を全て述べ、俺は自転車を引く。これ以上一緒の空間にいたら心臓がどうなってしまうだろう。冷静さを保てなくなる。
「先行きますよ」と座ったままの先輩を置いて、河川敷の終わりに向けて自転車を漕いだ。



程なく後ろから叫びながら追いかける声がしたが、俺は今の顔を見られまいとペダルを大きく漕いだ。


20180329