(注意書き)
かっこよくない三杉さんです。
ヤマ、オチ、イミのない小説。ホモではないです。
--------------------------------------------------



 

 よその家の安っぽい桃の香り。大きな話し声。合宿所のような古くて埃っぽい空気。


 目を覚ますなり、ため息が出た。



 どうしてこうなったのだろう。




 この家の主は、節足動物の脚のような長いまつげを生やしていた。髪は根元から毛先まで茶色く染まり、不自然なほど明るい瞳をしている。武蔵中の制服は校則に反して丈を詰められ、指先にはゴテゴテとした装飾。何やら電話中のようだが、放たれる言葉には品というものが感じられない。エイリアンみたいな女だ。
 どういうわけか僕は、得体の知れない者の家に攫われてしまったらしい。



 ーーそうだ、僕は発作で倒れたのだった。土曜の今日、自宅トレーニングがいつの間にか規定時間を超えていた。母親とマネージャーにくどくどと注意を受け、過保護な二人に耐えかねて家を飛び出したのだ。体調は回復せず苛立ちも増し、幾度となく聞かされてきた説教から逃れたくて、ただ走った。
 住宅街を抜けた先から記憶がないーートレーニング後に休息なく走ったせいか。




 の評判は知っている。名前もよく聞く。大学生と付き合っているだとか、小学生の頃に初体験を済ませただとか、一人暮らしの家にいつも違う男を連れ込んでいるとかーーどれも碌な話ではない。
 僕には応援してくれる女子が多く、異性にはそれなりに接してきた。しかし、こんなに清潔感がなく、生理的に受け付けられない人間と関わるのは初めてだ。彼女のような人間を半径三メートル以内に入れぬよう生活してきたのに。
 なのに、どういうことだ。状況から察するに僕は今、の家の布団で寝かされているーー。



「マジで三杉淳じゃん」


 僕が体を起こしたことに気づいたのか、電話を終えたが大きな声を出した。


「マンションの前で倒れてるからさ。びびったー」



 倒れる場所を間違えた、と心底後悔する。こんなことなら情動に任せて家を飛び出さなければよかった。
 親が幼稚園から私立に通わせてくれたことを思うと、申し訳なくなる。今日はマネージャーにも言いすぎた。




 親とマネージャーへのありがたみを噛みしめていると、が水の入ったグラスを差し出してきた。
 未開封のペットボトルを開けて飲むのが常の僕は、それを受け取るのに時間を要する。渋っているのがあからさまだったか、彼女は苦笑した。


「水道水が飲めないの?」
「一度も飲んだことがないかもしれない。」
「じゃあ今日が初めてだね、記念日!」
「遠慮しておくよ。」
「あたしさ、一応キミのこと助けたんだけど。礼ぐらい言ってもいいんじゃないの?」
「……今度母に頼んで菓子を持ってきます。」
「いらねー。うちの親が気ィ使うからまじ勘弁して。」
「一人暮らしじゃなかったのか。」


 彼女の口から”親”という言葉が出たことで、思わず連想してしまった。
 日頃より耳に入ってきた噂話と辻褄が合わない。咄嗟に反応してしまった僕を見て、彼女は笑いを漏らした。


「三杉淳。そういう噂、興味あるんだ?」


 ニヤリと笑って近づく彼女の顔を見て、反応を誤ったことに気づく。まるで、僕たちサッカー部が毎日練習終わりに噂話に花を咲かせているみたいじゃないか。(実際そうなのだが。)
 そんな陳腐な話題しかできない集団だと思われたくないーー訂正を試みる。


「いや、クラスで……」
「キスしてよ」



……。

……。




「はい?」
「お礼のお菓子とか要らないからさ、キスしてくんない?」


 何を言っているんだ、この人は。どう考えても今の会話の流れでキスの話に行き着くはずがない。礼の代わりと言っても、今は噂話をしていたのだ。僕は彼女に植え付けてしまった誤認識を訂正すべきだったはずだ。
 話の流れを無視する人間ーー僕は嫌いだ。


「倒れてた時、縋ってくれたんだよね?キミ。」


 頭の中が混沌とする中、肩に腕を掛けられた。
 眉を下げ、上目遣いで瞳の奥を覗き込むを見て、思わず頬が熱くなる。自分のすぐ赤くなる体質を恨んだ。


「なに、童貞?赤くなってんじゃねーよ」


 案の定、赤く染まった頬を見られてしまい、それが彼女の哄笑を誘ってしまった。
 彼女は僕のジャージの襟を整え、「動けるまで休んでなよ」と笑いながら言葉をかけ、布団から離れていく。



 ゴテゴテと飾りのついた爪で触るな。
 する気もないくせにキスとか言うな。
 好きでもない男に色目を使うな。
 後ろ向きな噂をされて平気で受け入れるな。

 
 僕は勝手に怒りを覚えた。それは決してに対してだけではない。
 しかし、息苦しさを感じることが多いはずなのに、彼女の雑な笑い声の中では、不思議とそれを気にしていなかった。
 








--------------------------------------------------
三杉さんは血色がいいんじゃないか。
岬くんも血色がいいんじゃないか。
岬くんはキラキラした感じの血色の良さで、三杉さんはお上品な感じの血色の良さだと思う。(解釈違いの場合すみません。)(そもそもこの話の三杉さん全体の解釈を疑えよ。)
20181103