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「滝くんに、やめとけって言ってほしいだけなのに。」 あいつが泣き出したあの日、俺は何もできず、ただ呆然と立ち尽くした。 もともと俺はに特別な感情は抱いていなかった。俺たちは二回目の席替えで教壇からすぐの、前後の席になった。”友達の友達”から、”教室に着いてすぐに会話を交わす仲のいい友達”へ変わった。友達の域は超えるはずはない。しかもその時の俺は、中学時代の彼女を忘れられずに引きずり続け、含めクラスの女子全員、恋愛対象外。 それが、ある噂を耳にしてから、俺の心は穏やかでなかった。 が野球部に告白されたらしい。それも、野球部マネジャーを振ったキャプテンに、だ。 生徒もまばらに見える、屋外の渡り廊下でためらうことなく云ったらしい。その様子を見た女子数人から、学内へ広がるまで情報が伝わるのは半日かからなかった。 サッカー部では、部活終了後の更衣室でその話題が上がった。俺は「さすが野球部のキャプテンだな」と呟いたらしい。それは、告白のシチュエーションのことなのか、告白した相手のことなのか、俺にも分からなかった。 翌日、俺はに習慣の挨拶もせず、会話のきっかけも作らなかった。の方も普段と違う雰囲気を察したようで、こちらに会話を向けることはなかった。一つ前の席に座るの背中が、昨日までとは別に見えた。どこかよそよそしいような空気が漂っており、授業中も窓の外を眺める回数が何時にも増していた。時々思い出したように頭をかくを見て、俺は確信した。 野球部がに告白したのが面白くない。 それから一週間、野球部が告白した噂は流れど、その後の展開が全く語られない。加えて、の様子も先週に引き続き、地に足が付いていないようだった。そこで俺はもう一つ確信した。 が告白の返事に悩むのが面白くない。 自分の心情に関しては簡単だった。簡潔に言うと俺はに恋していた。彼女の魅力に気づいていたから、人を見る目がある辺り、「さすがはキャプテン」なのだ。しかし俺も彼女に気があるから、告白は面白くない。とっとと断らないも面白くない。 久しぶりにに話しかければ、安心したような顔で「放課後相談があるの」なんて言って。本人は自分だけが隠し持っている秘密だと思っているようだが、この状況での相談がかの一件のことであろうことは、南葛高校全校が予測できるはずだ。正直、この相談はパスしたかった。けれども、必死に抱えてきて、やっと相談ができると安堵した表情のを見て、意地悪はできなかった。話はすべて聞いてやって、それから断るよう説得しよう、そう決めた。 放課後、照れながら話すを見て、嬉しそうに思い出すを見て耐えきれなかった。早く説得するのだ。 「なら付き合えば良いじゃん、それだけの話だろ」 ところがどうしたものか、俺の決心は何処へ?用意していた言葉は出てこない。それどころか全く思ってもいない言葉が立て続けに飛び出す。 俺はから信頼されていた自信はある。だからこそ、相談相手として俺を選んだのだ。俺がこう答えた以上、付き合えという助言に従うんだろう。「わかった!」なんて嬉しそうにはにかんで、アイツの元へ行ってしまうんだろう。取り返せない発言を悔やんでも仕方がない、それは17年の人生でよく知ったことだった。なのに。心内の取り乱しようからは考えられないほど、表情も態度も冷静な俺。雰囲気はますます悪くなり、逃げたいとしか思えないこの状況。 の顔を見ようとしたその瞬間。 「どうしてわかんないの!」 は声を荒げた。 「滝くんに、やめとけって言ってほしかっただけなのに!」 「そう言って貰ってわたし、滝くんのこと好きでいて良いんだって安心したかった!」 そう言い放ったは、泣いていた。 泣いたに、ばかだ阿保だ罵られながら、俺は言われた言葉を頭で繰り返した。そして彼女の気持ちを完全に理解した。 目の前の女子は俺のことが好きで泣いているのに、自分が両想いだという事実に心を奪われ、喜びをかみしめていると、何もできなかった。 涙で不細工になったが、どうしようもなく愛おしく、しかし何もできなかった。
20161210
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