新田瞬、この名前がへのメール送信元に表示されるのは何年ぶりだろう。そもそも、同級生からメールが来るなんて滅多になくなっていた。

 そういえば彼は、知らない人が次々と友達になって怖い、という理由でsnsは数年前に消してしまったのだった。当時は「有名人ぶっちゃって」と呆れていただが、成人式も、同窓会も来られなかった新田を思い出せば、僻みであったと反省できる。snsが主な連絡手段になった今日、は特別なことがない限りメール自体を送らなくなっており、また、わざわざ新田に連絡を取る機会も無かった。そんな彼からのメール。

「ていうかアドレス変わってなかったんだ…」

 メールの内容は、卒業時のクラスメイトとの食事の誘いだった。
正直気分が良い。新田と特に仲の良かった体育会系の男子2人と私と、4人での食事の誘いだったのだ。



 ー新田ととの関係を言い表す単語はこれといって無かった。幼稚園、小学校、中学校。決まった校区に通ったら同じ学校に新田がいて、たまに同じクラスになる関係。
 男女下の名前で呼び合っていたのが、中学校に上がった途端よそよそしい苗字呼びに変わる時。新田のような学内ヒエラルキー上位の男子だけ、呼び名を変え無かった。その新田と名前で呼ばれたが、たまたま同じ高校に進学しただけだったのだが。周囲から見ればこの二人は面白い存在であり、偶然同じクラスになった高校3年生、彼らの関係に名前が与えられた。「幼馴染」という。

は幼馴染という言葉にしっくりこなかった。中学校まではクラスの三分の1が同じ小学校であったのに。しかし学年が上がるにつれ存在が遠くなっているのを感じていた彼が、自分の幼馴染であると認識した瞬間、新田が特別な存在に感じられた。
10年強の中で、好意を抱きあっていたこともあったが。そんな過去の話、誰に言うこともないけれどもー



かつて新田と幼馴染と呼ばれたことを忘れていた。新田が初めてスタメンに登録された試合を見に、スタジアムへ足を運んだことがあった。フィールドを駆ける新田は、の記憶の中の一番新しい新田とは全く違っていた。まるで別人だった。パフォーマンスも、挨拶も、すべて知らない誰かが行っているようだった。
それから新田のことはテレビや新聞に載っていれば目を留める程度になっていった。


20170302