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瞬と別れたその日の夜、懐かしい人物からのメッセージが入った。 <おまえたち別れたの?> ――― 卒業式のあと下級生の女子たちに囲まれた瞬の緩みきった口元を見て、いてもたってもいられなくなった。喜びを隠せず細くなった、あの目が。 ホームルーム前、こちらに向いた無機質な視線が頭によぎる。私が目を合わすと、あからさまに顔を背けたのだ。悔しさというよりむしろ憤りで下唇を噛んだ。 かつて私たちは何度も別れては付き合ってと繰り返してきた。それがやっと今日で区切りをつけるのだ。 瞬に縋って欲しかった。投げやりに放った「別れよう」の言葉は、いとも簡単に受け入れられた。眉毛も動かない瞬のようすから、本当に終わってしまうのだと悟った。 「ずっと好きって言ったじゃん!」 「・・・」 「嘘つき!しね!」 「・・・ごめんな」 ーーー <おまえたち別れたの?> 嗚咽をこらえながら浦辺さんに返信をする。 は、い、そう打ちながらまた悲しみが溢れ出してしまい、視界がにじむ。帰ってからひとしきり泣いたはずなのに、ちっともおさまらない。身体中の水分が涙になって出ていっている気がする。 私が返信するのとほぼ同時に着信が入った。浦辺さんからだ。電話で瞬のことには一切触れず、「免許とったんだけど乗るか?」と私を誘っただけだった。 浦辺さんはもうすでに私の家の前に車を停めていてお母さんに挨拶を済ませていた。21時には送り返すんで、なんて言いながら。 「海でも行くか」 ねぎらうような表情を見て、心が穏やかになる。浦辺さんはいつまでも私たちの先輩で、ずっと私たちの味方をしてくれる。ここ数ヶ月会えてなかったのに安心してなんでも話せる、改めてそう思えた。 車中で、浦辺さんはいろんなことを話してくれた。遠征でほとんど日本にいなかった日々のこと。プロの練習の厳しいこと。中高の部活ですでに酷しい練習を重ねていたのに。それ以上なのだろうか。瞬も来年から大丈夫なのかな。 潮を含んだ風がふいた。瞬と一緒に行ったディズニーシーの匂いと似ている気がして、喉が詰まる。 浦辺さんは、まだ泣き足りなかったのか、と笑った。 そのなにげない顔の優しさに、感情が咽び上がる。 「もう一回やり直したいよお・・・」 「よく考えろ?喧嘩ばっかじゃなかったか?」 「・・・でも優しかったときあったもん」 「そのときのお前は、いまみたいにしてたのか?」 「・・・」 「うん?」 「別れたくなかったよお!」 「よく考えてみろ。」 「無理ー!寂しすぎる!!」 「・・・寂しいのを紛らわすために戻るのか」 図星だった。かもしれない。 喧嘩して別れて、寂しくなってよりを戻して。いまに始まったことじゃない。そして結局うまくいくことはなかった。戻ったところで、この気持ちが静まった頃にはきっとまた別れるのだろう。 そんなこと、薄々気づいていた。浦辺さんに言われなくたって、とつい拗ねてしまう。 「じゃあ浦辺さん付き合ってよ」 「あのなあ・・・」 横目で睨むように浦辺さんを伺うと、思い切り苦笑いをしていた。 車がぐんと曲がる。泣き疲れた私のためにカフェのドライブスルーに進む。 店の電灯で車内まで明るく照らされ、薄っぺらいワンピースの上にダウンを羽織っただけだったことを思い出す。 私の脚をちらと見られた気がして、慌てて服の裾を引っ張り伸ばした。浦辺さんもどこか窮屈そうに咳払いをした。 「・・・俺はおまえが心配だよ」 「俺にしとけとか言ってくれないんですか」 「そういうところだぞ」 「ぐす、、」 「悲しいのはわかるけどよ。お前も大人になれ。」 「先輩わたし頭いたい」 「泣きすぎたからだろ」 浦辺さんが手渡してくれた温かいココアがからからの体に染みわたっていく。 深呼吸をしながら窓を覗くと、東側に煌びやかな灯が点々と見えはじめていることに気がついた。幻想的に光った港はもうすぐそこだった。 「先輩!見て!すごい綺麗!」 「っ」 私が夢中で外を指差そうとしたもので、紙のカップが滑り落ちそう になった。 すかさず浦辺さんが手を伸ばして くれたおかげで、大惨事は免れた。 浦辺さんが、私の手ごとカップを握ってくれたおかげで。ごつご つしたあったかい その手は見た目よりも大きく、触れている部分全てがあつくなる気がした。 「あ、ありがとうございます・・・」 「あぶねー、、」 こんなことを言ったらまた呆れられるだろうから、心にしまっておく。けど。 なんだか、先輩がいつもとちがう雰囲気をまとったように見えた。とても切なくて、心が締め付けられるような気がした。
20220911
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